丸屋 武士(著)
      7   10 11 12 13

 ジェームズがフランスへ出航しようとして身柄を拘束されていることを知った暫定政府(?)は、近衛兵200を差し向けてケント州の海岸までジェームズを迎えに行かせた。12月16日の日曜日ホワイトホール宮殿に戻ってきたジェームズの下には多くの廷臣が集まったが、皆ジェームズの帰還をバツの悪いことのように感じたという。ジェームズは戻る途中のロチェスターで、ウィリアムに対してロンドンで会見し、騒乱を終息させるための話し合いをしたいという手紙を書いて、近衛連隊長フェバシャムに持たせた。始めからジェームズに会うつもりのないウィリアムは、ジェームズの手紙を持ってきたフェバシャムを通行証を持っていないことを理由として逮捕させた。12月17日開催されたロンドン市議会では、ウィリアムを支持することが決議される一方、ロンドン市に迫り来るウィリアムの軍勢からの防衛を求めた国王ジェームズの要求は拒絶された。
 この間、ウィンザーではウィリアムに帰順していた12名のイギリス貴族達は、結局ジェームズにホワイトホール宮殿からの退去を「助言」すると決定した。ところが、「猫の首に鈴をつける」とはこの事態の為にあったような例えで、誰もそのいやな役目を引き受けようとはしなかった。これを見たウィリアムが、ハリファックス、シュルーズベリー、デラメアの3名を指名した。若い頃から決死的戦闘を闘い抜いてきたウィリアムにかかっては、狐や狸のようなイギリス貴族達もぬらくらさせてはもらえなかった。トラブル防止の為に、ジェームズに退去の「助言」をする使節の出発前に王宮の衛兵を遠ざけねばならず、ウィリアムが私費でまかなっていたオランダ近衛兵(青い制服のブルーガーズ)が派遣された。17日夜10時頃、ブルーガーズはセントジェームズ宮殿を押さえ、更にその先のホワイトホール宮殿に進軍して来たから、赤い制服のイングランド・コールドストリーム近衛連隊は応戦の構えを見せた。ブルーガーズの指揮官ゾルムス伯(ウィリアムの祖母アマーリアの甥)はウィリアムの命令でホワイトホール宮殿の警備を引き継ぐことを告げた。「オレンジ公の衛兵に持ち場を明け渡すくらいなら八つ裂きにされるほうがましだ」と言って応戦の許可を求める指揮官に対して、ジェームズは無用の流血を避けるため抵抗をやめさせた。真夜中になってウィリアムからの3名の使節が到着し、火急の用件として、眠っている(?)国王をおこさせ面会した。騒乱を避けるためにリッチモンドのハム・ハウスに移ることを要請するウィリアムの命令書を見せられて、ジェームズはもはや断れる立場ではなかった。
 ここにおいてオランダ連邦共和国の国運はその極盛に到達した。この時代を要約してライデン大学教授(後に総長)ホイジンガーは1925年6月1日、ハーグにおけるグロチウス展開場の日に行った記念講演「フーゴー・グロチウスとその時代」の冒頭、次のように述べた。「オランダの子供が受けとるいちばん最初の歴史的イメージは、17世紀に由来するものです。わが国の黄金時代が子供の精神に朝食を与えるのです。過去に対する彼の感覚はオラニエ公ウィレム、デ・ウィット、デ・ロイテル、トロンプによって成長します。これらのすべては、彼にとって、国旗の赤、白、青のように単純明快です。子供はこの時代を理解し、好きになります。――もっと後になるとレンブラントが彼の仲間と連れだってやって来ます。彼らは子供が心に描くイメージの世界にうまくはまり込んで、それを照らし、輝かせます。・・・」(『ホイジンガ選集4ルネサンスとリアリズム』里見元一郎訳1990年河出書房新社刊)
マウリッツハイス美術館
ビネンホフ宮殿の一画(2004/12撮影)
 ナッソウ=シーヘン伯、オランダ領ブラジル総督ヨハン・マウリッツの邸宅として1640年頃建てられた。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女あるいは青いスカーフの少女」やレンブラントの「ニコラス・トゥルプ博士の解剖学講義」等々の世界有数の名画を集めた王家のコレクションを集蔵している。本シリーズに関しては、レンブラントの5、60枚はあるといわれる自画像の中で最後の(1669と年代が入っている)自画像が所蔵されている。
 蛇足ながら付言すれば、第1次英蘭戦争がオランダ経済に与えた破壊的影響も手伝って、画家レンブラントは破産に追い込まれた。1656年破産の申し立てをしたレンブラントは処分するイタリア絵画その他363品目の財産目録を提出したという。そのような不幸な目にあっても古くからの有力な友人達との関係は疎遠になることなく、レンブラントには絵の注文が絶えなかった。1661年頃、新築された壮麗なアムステルダム市庁舎を飾るために、「バタビア人の謀議」と呼ばれている大作を製作し、オランダ極盛期の最後の年とでもいうべき1669年、レンブラントは63年の生涯を閉じた。

      7   10 11 12 13