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丸屋 武士(著) |
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(2003年1月) |
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(1985/11 撮影) |
オックスフォードには35を超えるカレッジが存在します。それぞれ独立しているこれらカレッジは3年制であり、地下にはワインセラーを有し、シェフを雇って朝夕の食事をともにするといった学生生活は日本の大学とは根本的に異質のものであります。 |
日本人の生活感覚の中ではこれらカレッジは大学と呼ぶよりは学寮と呼ぶ方が実態を理解しやすいのではないでしょうか。 |
ちなみに皇太子浩宮が留学されたMerton College(マートン・カレッジ)は組織化されたカレッジとしてはオックスフォードで一番古くその創立は1270年です。 |
前稿(Serise1)ではケンブリッジ大学セント・ジョンズ カレッジのアーチ上に掲げられた「英国紋章装飾の白眉」と称えられるボーフォート家の大紋章(Achievement)について感想を述べました。 |
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(1985/11 撮影) |
今回は趣を変えてオックスフォード大学における2,3のカレッジの紋章とそれぞれのカレッジの簡単な紹介をしたいと思いますが、本題に入る前に余談としてオックスフォードの意外な一面に触れておきたいと思います。 |
「大学の中に町がある」という感じがぴったりの学都オックスフォードの歴史は13世紀にさかのぼり、その長い歴史の中で「オックスフォードのハイ・ストリートには世界のどの戦場にも負けない程の多くの血が流された」と言われるように、学都というイメージとはかけ離れた暴力沙汰(喧嘩)の絶えなかったその歴史の一面にも記憶をとどめておくべきでしょう。喧嘩は町奴(まちやっこ)対大学奴(だいがくやっこ)あるいは町衆対大学衆、現地で言うtowns and gowns という図式であったり、イングランド人対スコットランド人その他という図式の喧嘩も多かったようです。 |
喧嘩が大きくなって死者まで出た為に国王の裁定を仰いで黒白をつけるようなケースもありました。その結果敗訴した側は敗者としてのけじめをつける儀式を勝者の前で年1回励行しそれを何百年も続けるというところがいかにも英国であると思います。 |
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