丸屋 武士(選)
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<落合・註>   勉学について
  以上明治15年5月までのお話であるが、なお、おりにふれて先生からうけたまわったことがらで、本文にもれたこともあり、また他より伝聞したこともあるから、このさい書き加えておきたい。
 その一、精力善用説の芽生
・・・・・・・・中略
 しかるに、その後一、二年して開成学校に進まれてから、先生(嘉納治五郎のこと−丸屋註)の同級に白石直治氏がおったが、このひとは後年土木工学の大家として、また政友会の代議士として、すこぶるその方向に重きをなした人である。この人は無論勉強も相当にはしたけれども、或る同級生のように、夜分消灯後までもひそかに灯をともし、睡眠時間を減じてまでノートに目さらすというごときは決してしない。睡眠は充分にとる。運動も適当にする。いわゆる糞勉強はしないが、何分学校はよく出来る。頭脳のよいには相違ないが、何かこれには他に原因があろうと、先生ははやくも目をつけられた。いずれの学校でも、教師の都合で規定の時間を十分または十五分早く終わることがある。そういう場合には、他の学生はたいていこれを空費してしまう。しかるに、白石氏はいつもこれを利用して、予習、復習にあてる。或る時には一時間全部休みになることがある。こんなときにも、他の学生はたいてい無駄話にこの時間を費やすが、白石氏はきっと勉強する。彼はかように零細の時間をよく利用して棄てなかった。ここに彼のよく出来る原因があるということを感知し、これから先生は、白石氏に見ならって、零細の時間を決して浪費しないように努力せられた。かようなことが芽生となって、今日先生が精力善用を高唱せられるに至ったものと思われる。
      以下略
(2004年6月)
嘉納治五郎『嘉納治五郎 私の生涯と柔道』より
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