丸屋 武士(選)
(2003年1月)
 ある技術をもちいるためには、まずその道具を手に入れなければならないし、それらの道具を有効に使うことができるためには、使用に耐えられように頑丈につくらなければならない。考えることを学ぶためには、したがって、わたしたちの知性の道具である手足や感官や器官を鍛錬しなければならない。そして、それらの道具をできるだけ完全に利用するためには、それらを提供する肉体が頑丈で健康でなければならない。このように、人間のほんとうの理性は肉体と関係なしに形づくられるものではなく、肉体の優れた構造こそ、精神のはたらきを容易に、そして確実にするのだ。
 ・・・・・人は子どもの身を守ることばかり考えているが、自分の身を守ることを、運命の打撃に耐え、富も貧困も意にかいせず、必要とあればアイスランドの氷の中でも、マルタ島のやけつく岩の上でも生活することを学ばなければならない。
 ・・・・・肉体は魂に服従するためには頑丈でなければならない。不節制が情欲を刺激することをわたしは知っている。それはまた、やがては肉体を弱めることになる。苦行、断食も反対の原因によってしばしば同じような結果をまねく。肉体は弱ければ弱いほど命令する。強ければ強いほど服従する。あらゆる官能の情欲は弱い肉体のなかに宿る。弱い肉体は情欲を十分に満足させることができないのでますますいらだってくる。
ルソー『エミール』より(訳:今野 一雄)(岩波文庫)